尾張菓子 きた川は、昭和39年(1964年)10月1日に開店の日を迎えた。東海道新幹線が開通したまさにその日で、10日後に東京オリンピックが開幕することから、日本中が歓喜に湧いていた。名古屋市内の有名店での修行を終えた初代は、修行経験を生かしてお茶席の主菓子を中心に、旅館や料亭を客先としていたが、その後、昭和49年(1974年)ごろから、一般のお客様相手に店頭販売をするようになった。ちょうど「へそくり餅」が東京のデパートで販売されることとなって話題を集めたころだった。きた川を代表する銘菓「へそくり餅」は、蜜漬けした金柑を羽二重餅に包んだもので、金柑を小判に見立てて、絹のような羽二重で包み隠す様子から、へそくり餅と名付けられたものが、一気に人気となったのである。
その後、息子が2代目を継ぎ、初代とともに多くのお菓子を作り、名古屋を代表する和菓子店として有名になっていく。ところが平成30年(2018年)に2代目が急逝。2代目の妻が3代目となり、初代とともに暖簾を守り、2代目の息子である北川大輝(きたがわ・たいき)さんが4代目を継ぐと決心する。
祖父や父から学んだことは?と問うと、まっすぐな眼をしてこう答えてくれた。「まごころこめてお菓子をつくることがなによりも大事だと、祖父と父から言われました。言葉の意味はわかっていても、材料と技術が揃えばお菓子は作れるだろうと思っていました。ある日、気もそぞろな状態で作ったお菓子を食べてみたんです。その美味しくなかったことといったら!自分でも驚きました」
さらにこんなエピソードもある。きた川の代名詞でもある羽二重餅は、材料も作り方もすべてオープンにしている。ところが、正確にレシピ通りに作っても、きた川と同じ羽二重ができないのだそうだ。大輝さんいわく、どれだけ数値化しても科学では割り出せない、機械では判別できない“感覚”が、この羽二重を作っていると言う。まごころこめた手作りだからこそ、独特の食感と美味しさを生んでいるのだ、と。和菓子の先にあるお客様の笑顔を思い浮かべて毎日作っています、と話す大輝さんには、すでに若旦那としての風格が漂っていた。
住所:名古屋市北区大杉3-14-7
TEL:052-911-3710
営業:平日・土曜9:00~16:00
日曜・祝日9:00~15:00
定休日:月曜日・火曜日
URL:https://www.owarigashi-kitagawa.jp/
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きた川のすぐ北には公園があり、さらにその東には、明照山普光寺(ふこうじ)というお寺がある。普光寺は天正5年(1577年)に創建されたお寺。時は戦国時代、織田信長が楽市令を発布した年と聞くと、その歴史の長さがわかる。曹洞宗のお寺で、信長の秘仏「阿弥陀三尊(あみださんぞん)」が祀られていることや、高さ7,235mの金色の大仏があることで知られている。
きた川の若旦那・北川大輝さんにとっては、子どもの頃からの遊び場であり、平成15年(2003年)に建立された大仏様は、お店からちょっと顔を出せば見えるほどの距離だという。金色に輝くその姿を眺める贅沢が日常にあるのだ。お店にいらっしゃったお客様が帰り道に普光寺へお参りされることも多々あるという。
前述の金色の“北大仏(釈迦如来)”は、不世出の成人である釈尊(仏陀)で、ここから放つ光が十万世界を照らすという教え。その右前に鎮座ましますのは、どんな願いも叶えてくれる“如意輪観音(にょいりんかんのん)”である。またその真ん前には、“十二支地蔵”がある。こちらは、自分の干支の地蔵に願いをかけると叶えてくれるというもの。
大仏様、観音様、地蔵様にそれぞれお参りしていると、隣接する同寺が運営する幼稚園から園児たちの元気な声が聞こえてきた。下校時間になったのか、お迎えのお母さんたちが境内に集まってくる。この小さな園児たちにとって、幼稚園のすぐ近くに美味しい和菓子屋があることが大人になっても大切な思い出になるのだろうなと想像しながら、羨ましい気持ちになった。